不登校の娘、前進しているのに不安

2025年1月。あの日から1年が経ちました。
中学1年生の娘が不登校という道を選んでから、季節は一巡りしました。今の娘は、自分で「これならできる」と決めたスケジュールで動いています。
給食だけを食べに行く日、相談室へ30分だけ顔を出す日。
彼女なりに考え、計画を立てて一歩を踏み出す姿は、1年前には想像もできなかった成長です。

「吹っ切れた」と「あきらめきれない」の狭間で

「この子のペースでいい」
そう心から思える日が少し増えました。1年前の絶望感に比べれば、今の生活はずっと穏やかで、吹っ切れた部分もたくさんあります。

でも、ふとした瞬間に、胸の奥がチリッとするのです。
制服を着て登校する同級生の姿を見たとき。楽しそうな行事の話題を耳にしたとき。
「もしかしたら、いつか普通に戻れるんじゃないか」
そんな、捨てきれない期待が、あきらめきれない自分が、まだ私の中に居座っています。

漠然とした不安が、波のように押し寄せる

給食を食べに行けている。相談室に行けている。
客観的に見れば「前進」しているはずなのに、なぜか漠然とした不安が消えることはありません。

「このままで、この子の将来は大丈夫なのだろうか」
「私の接し方は、これで正解なのだろうか」

答えのない問いが頭を巡り、夜、ふと静かになった時間に不安の波に飲み込まれそうになる。1年経っても、親としての葛藤は形を変えて続いていくのだと痛感しています。

揺れ動く心のまま、明日へ

吹っ切れた自分もいれば、あきらめきれない自分もいる。
それはきっと、私が娘を大切に思い、彼女の幸せを心から願っている証拠なのだと思います。

無理にどちらか一方に決めなくていい。
「今日は吹っ切れているけど、明日は不安かも」
そんな、振り子のように揺れ動く心のままで、今はいいのだと自分に言い聞かせています。

一歩進んで、半歩下がるような毎日。
でもその足元には、1年前にはなかった「私たちの形」が、少しずつ作られています。

最新情報をチェックしよう!